月曜日(11月14日)無風地帯へ

Down to Monday's Doldrums


English Original

月曜日、無風地帯へ

11月13日

 

昨夜、Alex Thomson は、彼がバンディグローブの先頭を捉えて以来、明日には無風地帯を渡ろうと一直線に、わずかに西寄りのコースを取っています。しかし同じく、後ろにはVincent Riou のPRB号とLe DiraisonのBanque Populaire Ⅷ号が集まって接近しています。ThomsonのHugo Boss号は、17マイル後方にいる彼の追跡者よりも平均スピードが少し早い状態を保っています。先頭集団は15ノットから20ノットの北東からの貿易風の中にいます。

Sebastien Josse のEdomon de Rothschild 号は、彼のスムーズな西への軌道によって、効果的に15マイルを得て、4位に浮上してきました。それは彼が回頭をする必要がないということです。

 

2番目に、Riou (PRB号)が約4マイルかそこらを、Jeremie Beyou (Maitre CoQ号)によって風を遮られながら、島の西を通過しました。7隻の先頭集団は今もってお互いに大変接近しています。そして、100マイルを越える緩衝地帯をYann Eliesの Queguiner-Leucemie Espoir号との間に持っています。彼はまた彼独自の西寄りのコースを走っています。先頭集団は、彼らは貿易風が少し落ちて、スピードがわずかに弱まるのを見るでしょうが、なお速さを保っています。白石康次郎とJean Pierre Dickは彼らのマイナーなダメージで少し手を緩めました。白石康次郎は彼のコード0(帆)を、Jean-Pierre Dickは彼のタック・ライン・ジャマーのダメージです。問題に直面したTanguy de Lamotteはもっと深刻です。Initiatives Coeur号のスキッパーは、マストトップの問題を解決するための場所として、ミンデロ(ガーボベルデ島)の避難場所で軽風のところを探しています。

 

先頭集団は無風地帯の横断のために並んで走っています。およそ500マイル先、北東からの風が急に東へ戻り、風は厄介になります。

 

Thomsonは元気なく(方位208度に向けて)走っています、一方で、RiouとLe Cleac'h は元気を出して(方位178度)います。今はいい風にのって西へ向かうことが重要です。実に、北緯10度から南方向へは、貿易風がおよそ12ノットに落ちます。しかし今、理想は、西経29度付近へ向かへば、無風地帯で遅くなり過ぎないようになります。

 

しかしながら、南方向へ向かおうとして戻るこれら2つの経度は、つかまえるのが容易ではありませんが、確実に切り札を自由に操れます。

事実、これらのリーダーたちの間では、おそらくこれはやり遂げる最も重要なフェーズです。本物の無風地帯、この熱帯収束帯(ITCZ)は、凪とスコールが次ぎ次ぎに変わり、北緯5度と北緯2度の間に伸びているように思えます。そこはおよそ150マイルにわたって、風はまれに5ノット吹く程度です。そこには月曜日、無風地帯が勢力を緩めた、午後早く先頭集団が達します。日のあるうちにそこに入れば少しやりようがありますが、ここにはわずかの時間の猶予しかありません。それはすぐに数十マイルを残してしまいます。

 

Tanguy de Lamotteはおよそ6ノットでミンデロ

に向かっています。そこは140マイル南です。それで、彼は今夜中に到着するでしょう。De Lamotteは今朝説明しました:「私は通常のモードでコード0とフルメインで帆走していました。まったく突然、マストトップが外れました。私は何が起こったのか理解しようと少し部品を修復しましたが、なんの技術的な説明もできません。私はメインセールを完璧に降ろさなければなりません。そしてヘッドセール(船首のセール)を側面に張り出し、艇を引かせています。それはマストにしっかりぶら下がっているので、それを外さなければなりません。しかしそれはキールの安定板にしっかりと巻きついています。私は自分のそばに引き寄せて、そして、ゆっくりとまっすぐに進んでいます。他のヘッドセールをフォアステイ(前でマストを支えている鋼線)に留め金具を取り付けて掲げています。そして、登ってマストトップを修理しました。それはハリヤード(マストをから左右に支えている鋼線)から中間に垂れ下がっていました。結果として、小さな故障部分が電波アンテナ、VHFアンテナにありました。これらすべての部分は小さなカーボンチューブが破裂したせいでした。

 

私はセント・ビンセント島へJ2セールを使って向かっています。水の中に入ってキールを持ち上げることは海上では耐えがたく、できないので、私は停泊地へ向かわなければならなくなっています。ガーデボルデ諸島から150マイルのところに湾がミンデロにあります。そこは私が停泊できます。そこで私はキールからセールを抜き取ることができるでしょう。そして効果的な修理のためマストに登ることができるでしょう。その地点でメインセールを再度揚げます。もし私が常にワンポイントリーフ(一段の縮帆)続け、マストトップを使うセールすべて(コード0、大型スピンネーカー、大型ジェネカー)を使わなければ、セール面積は小さくなりますが、航海はできます。

 

私はどんなリスクも取りたくありません、そして、再びセールを揚げる前に、すべてを注意深く検査します。私はミンデロを知りません。しかし、チームの誰かがそこにレース以前に停泊したことがあります。彼は私に、そこには停泊だけでなく係留ブイまで整ったうまく周りから保護された湾があると告げました。私はまっすぐ7ノットの速力でそこに向かっています。そして夜が更ける前までにそこに着けるようにしています。どんなリスクも取りたくありません。そこで昼間の時間に雑役夫をします。」

 

Sebastien Destremau について、FaceOcean号でそれは別の厳しい夜でした。彼はカナリア諸島のラ・パルマ島の風下で止まってしまいました。そしてゆっくりと走りました。一方で、Didac Costa (One Planet One Ocean号)はうまくフェニストレ岬をやり過ごしました。

 

翻訳:Watson Courtier

as of Nov.15 2016.