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土曜日、バンディグローブ・イベント村が公式にオープンしました。

10月15日

 

一般の人が待ち望んだバンディグローブ・イベント村がこの土曜日の朝、公式にオープンしました。このセレモニーはレ・サーブル・ド・オロヌで3週間行われる催し物のスタートを示します。午前10時、SEAM Vendeeの委員長Yves Auvinet 、ロワール州知事 Bruno Retailleau、レ・サーブル・ド・オロヌ市長、Didier Gallot、Sodebo社長、Pascal Cadore が来賓の列を先導し、訪問者達は、オロヌ港の海面に2500m²以上延びた、第8回バンディグローブのために設営されたイベント村を通り抜けました。

公式訪問はボートの上に乗船しているすべての挑戦者たちと会うことで終わりを迎えました。

 

展示説明の間に、来賓と議員たちはラグラヴィエール波止場の上の展示通路通り抜けました。そこには印象的な技術展示物や対話型アプリケーションが展示してあります。この展示はあなた方すべてにボートやスキッパーや彼らの準備状況について知るべきことを教えます。特に、Dee Caffari が2008年バンディグローブで操船した艇、かつてのAviva号、スキッパーたちの写真ギャラリィー、そして240度映写エリアを見ることができます。

彼らは散策して旅行社事務所、レストランエリア、パートナーのエリア、そしてこのイベントで初めての試み、ミックス・ゾーン、そこではYves Parlire (設計者)の古いIMOCAを訪ねることができ、そしてバンディグローブで記録を残した人々専門のエリアを見ることができます。それからこのグループは、セーラー達に合うためにバンディグローブのポンツーンへ向かいます。Yves Auvinet 委員長のスピーチの間、彼はみんなにバンディグローブがこのフランスの地方の独自性と地域の人々に取っていかに大事か再認識させました。「このレースはバンディ県の人々のものです。そして全ての技術がバンディグローブを世界中に広めることを可能にしています。」

 

スキッパーたちは最初の訪問者たちに説明をします。

 

雨にもかかわらず、代表者はレース役員のJacques Caraes の紹介で、それぞれのスキッパーにボートの上で話しかけることができました。これは各セーラーに、伝統的な集合写真を撮る前に、初めての印象を与えるきっかけになりました。今朝の訪問はさらに少しのスピーチで締めくくられました。Bruno Retailleau の彼らへのスピーチは、「バンディグローブの精神と価値はスポーツ界の参考になります。そこには、意思があり、道があります。」 Didier Gallotは「バンディグローブはレ・サーブルの街にたくさんの名声を与えました、」と喜びました。Pascal Cadorel はみんなに、「Sodebo は2004年からバンディグローブの支援者です。これは私たちが会社の内外を上げて経験し、そして社会と共有している親しみやすいイベントです。」と再認識させました。最後にまとめとして、Yves Auvinet は参加者たちを守るために取られる安全対策について各自が再確認することを望みました。「私たちはこの数か月政府の公的機関とバンディ県の担当者たちとこのことで作業をしてきました。それぞれの対策は公的機関がほとんどのこのイベントに参画することが許可されたことで取られました。」

 

引用:

 

Alex Thomsonイギリス(Hugo Boss号):

私に取ってこの第8回バンディグローブの挑戦者の30%は入賞する可能性を持っています。」

 

Rich Wilsonアメリカ(Great American Ⅳ号):「私たちはこのレ・サーブル・ド・オロヌのみなさんの多くの支援を得ることが必要です。私は初めて参加した2008年に戻って思い出すことができます。皆さんが大変に親切で私と私の艇を歓迎してくれました。」

 

Didac Costaスペイン(One Planet One  Ocian号):「回航途中に私が雷に打たれた後、この最後の3週間は私に取って時間通り準備をするために多大な挑戦をすることになりました。」

 

Conrad Colmanニュージーランド(100% Natural Energy号):「私のボートは自分のことを良く知っています。私は彼女がレ・サーブル・ド・オロヌへ私を連れて戻って来ることを確信しています。フィニッシュラインを超える新しいボート以上におそらく古い世代のボートが多くあるでしょう。」

 

白石康次郎、日本(Spirit of Yukoh号):「私は日本でセーリングをもっと身近なものにしたいと本当に思っています。そして私はバンディグローブを完走する最後の日本人セーラーになりたくありませんでした。」

 

Alan Rouraスイス(La Fabrique号):「私はバンディグローブのために準備する十分な時間がありませんでした。それで、私は今もって準備段階にあります。私は未だに私がレ・サーブルにいて、単独世界一周レースに出発するのだと理解することができていません。」

 

Bertrand de Brocフランス(MACSF号):「ボートは準備できています。しかし、最も重要なセーラーは、彼もまた準備が出来たと感じ始めています。」

 

Raul Meilhatフランス(SMA号):「昨冬、私が経験した事故は私をより謙虚にし、そして今日、私はここにいることを本当に喜んでいます。」

 

翻訳:Watson Courtier  on Oct.16 2016.