Ouest France L'edition du soir.


Frenchi to Japanese.


French Original.

世界一周レースの途中で1991年に自殺した彼の師匠のヨットで彼は初の単独世界一周を成し遂げた。それ以来、彼は常にシングルハンドのヨットレースに照準を当ててきた。

白いジャケットの白石康次郎は(48歳)ヴァンデグローブ参戦のためヨットを購入したところだ。彼は最初の世界一周旅を26歳でした後、3回ヨットで世界一周を達成いる。グレイのウエアを着ているのはロジスティックスの仕事をしている神田翔大氏。彼の母親(日本人)は10数年前、白石康次郎の広報を担当していた。

仏文和訳


ヴァンデグローブを夢見る驚くべき日本人。

L'edition du soir. Ouest-France. 夕刊ウエスト・フランセ

Matthieu MARIN.

Photo:Ouest-France.

(as of Apr.18 2016.)

 

なんと素晴らしい夢見るような話、あるいは小説のシナリオのような話か!48歳という年齢で、ヴァンデグローブ・ヨットレースのスタートを切る準備をしている白石康次郎のストーリーは話題が豊富だ。まず1つには、前回のヴァンデグローブに参加しようと最終準備に取り掛かっていた2011年3月、つまり、ヴァンデグローブのスタート1年前に、今世紀最大といえるような悲劇が彼の国日本を襲った。それは東日本大地震、それに続く津波、そして福島の原発事故だ。神田翔大氏(27歳)は、「彼のスポンサーは(こうした災害が起こったことで)冒険に投資するよりほかの優先順位があった。」と言う。この青年はシャモニー生まれで、母も日本人だが、スキッパー(白石康次郎)の言葉の壁を埋めるため、フランスでロジスティックスのことから広報関係まで任されている。今回も彼が代弁してその歴史を語ってくれた。

 

26歳で世界一周。

そのきっかけは? 1982年、多田雄幸氏(日本人)がNOCチャレンジという無寄港ではない世界一周レースのクラス2(50フィートのヨット)で優勝した。神田翔大氏は、「その時代、日本ではヨットはそれほど普及していなかった。ヨットクラブのようなものもなかったし、子供たちに教える講習などもなかった。海は危険と思われ、どちらかというと漁業や水産業と結び付けられるだけだった。」と語った。

そのニュースを聞き、白石康次郎はテレビの前で本当に魅了され、すぐに弟子入りをした。そして、まるで武道の世界で学ぶように多田雄幸氏を師匠としてこの世界に入ることになった。しかし、この師弟関係もある事件で幕を閉じることになる。1991年の2回目のBOCチャレンジの時、師匠であった多田雄幸氏がシドニーで自殺をしてしまう。白石康次郎は、その時、彼のチームメンバーとして日本に船を回航して持ち帰った。白石康次郎はこの指導者に敬意を表して一人で世界一周をすることを決意した。それはアラン・ゴーチェが30歳で2回目のヴァンデグローブでの優勝をした直後であり、この日本人スキッパーは世界一周最年少記録を樹立することに情熱を燃やした。そして、1994年3度目の挑戦でそれに成功、176日で世界一周を成し遂げた。その時彼はわずか26歳だった。

 

ルモンショワとブルーノ・ペイロン。

それ以来、白石康次郎は2度世界一周を果たした。2002年、BOCチャレンジが前身の「アラウンド・アローン」レースで、40フィート艇で3位に入った。その後、次のシリーズでは「ヴェルクッス・オーシャン」と名前が変わったレースで60フィート艇でベルナール・シュタムに続き2位となった。

その間、彼は2度太平洋を横断している。1度は1998年、ブルーノ・ペイロンと、もう一度は2008年にライオネル・ルモンショワと巨大カタマランで彼らに同行した。

横浜に停泊していた、フランシス・パ・コモドール・エキスプローラ号に見せられた白石康次郎は、給料なしのボランティアで働かせてくれないかと頼んだ。彼の熱心さにほだされ、予定していたもう一人の日本人スキッパーの代わりに彼をクルーメンバーとして受け入れ航海することになった。

まとめると、11月6日にレ・サブレス・デ・オロヌ(ヴァンデグローブの出発する港)のスタートラインを切る新メンバーに彼はまだ認められていない。彼はテイケイ(メインスポンサーの警備保障会社)をはじめ10数社のスポンサーを集め、この数か月の間ヨットを物色していた。そして、ニコラ・ボワドベジのヨット、2013年のヴァンデグローブで3位に入ったアレックス・トムソンが乗った旧ヒューゴ・ボス号を購入したばかりなのだ。

白石康次郎は、コンカルノーにベースを置き、ビル―(ロラン・ジルダン)のところで現在最初の航海の準備をしている。彼はヴァンデグローブの予選レース、ニューヨークからレ・サブレス・デ・オロヌへのレースに参戦しようとしている。(これで承認されないとヴァンデグローブに参戦できない)フランス語通訳の神田翔大氏が計算してみると、現在なお20%の予算が不足している。白石康次郎はここに来る前、やむなくプロとしてゴルフを教えていた!

 

日本というユニークな国からの参戦というだけではなく、面白い経歴を持ったこの日本チームは、メディアや組織委員会から大いに歓迎され、多くの面白いストーリーを生み出すことになるだろう。

 

Translated by M. Kanda on July 16 2016. 

翻訳:神田美智子 (在フランス・シャモニー)

 

 

©All copy right of translated note is reserved by Watson Courtier.(Yokohama Japan.) and Michiko Kanda (France.)

 

Original article is Ouest-France-L'edition du soir. Matthieu MARIN, and Photo by Ouest-France.